ウィリーウィリアムスが死去!熊やらせ疑惑残し他界?アントニオ猪木も追悼

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新日本プロレス設立者で国会議員の「アントニオ猪木」氏のライバルで知られていた
元空手家の「ウィリー・ウィリアムス」氏が2019年6月7日に祖国アメリカで
「心臓病」によって死去したことが分り話題になっています。


引用【サイト(デイリー新潮)】

 

当時のアメリカでは日本の武道「空手道」を行う格闘家は少なく、米内では非常にマイナーな
スポーツでした。

しかし「ウィリー・ウィリアムス」はマイナースポーツでありながら率先して空手の道に進み
日本空手界の大御所「大山茂」氏がアメリカ・コネティカット州に開設していた「極真会館
コネチカット支部」に入門し、本格的に空手を始めました。

「ウィリー・ウィリアムス」は身長が200cm近くあり、極真空手家としては大きい方で
長い手足を生かした「蹴り・突き」を武器とした選手でした。

日本では映画監督「梶原一騎」氏による1977年の作品「地上最強のカラテ・パート2」に
出演し大きな「熊」との格闘シーンを披露して一躍ヒーローになりました。

今も昔も日本人の感覚からすると「熊」は恐れられる動物の1頭で、そのことから当時は
「熊殺しのウィリアムス」として有名になっていました。

その映画シーンの一部がこちら↓↓↓

 

見ての通り空手は披露しているものの、いまいち技に「力強さ」が無く、さらに「熊」の
動きも「野性的本能」が感じられず、もし本物の熊だとしても「野性」ではなく
「飼育」された熊にであると感じた方も多いはずで、そこから「やらせ」疑惑が
浮上したのです。

あるいは見方によっては大きな「ぬいぐるみ」に人が入っているようにも見えるので
さらに「やらせ」疑惑を強く感じた当時でした。

ただ1970年当時の撮影技術は全く進んでいなかったので「本物」が使われていたと
考えられてもおかしくありませんね。

その後、徐々に世界の空手人口が増えて行き「国際大会(世界大会)」も開催されるようになり
1979年に開催された「第二回全世界選手権」で3位の高成績を収めたようです。

日本でもチョクチョク目にする機会が増えるようになったと思ったら、ある時「地上最強は
極真カラテ」等と発したことが世間に広まり、それを聞いた新日本プロレスの設立者で
元プロレスラーの「アントニオ猪木」氏が「プロレスこそ最強の格闘技」等と伝え
「噛みついた」ことで二人の運命的?な出会いを果たすことになるのです。


引用【ツイッター(アントニオ猪木)】

 

 

ただその当時の「噂」で、自身が出演した映画の監督「梶原一騎」氏が新日本プロレスに
ウィリアムスを紹介し、猪木氏と戦わせる魂胆があったのでは?と囁かれたことが
ありましたよね!

その「企み通り?」に事が進んだのかは分りませんが1980年2月に蔵前国技館
(現:両国国技館)で「格闘技世界一決定戦」と題された格闘技戦が開催され、
今の総合格闘技のようなスタイルの大会が催されました。

両陣営の関係者が両サイドに集まったシーンは異色で、片側は裸のプロレス選手、
逆サイドは道着は来てないが青いTシャツで集まった空手家集団、
まさに「極真空手vsプロレス」の形が整い異様な空気の中、試合が開始されました。

 

 

試合結果はご覧の通り、リング落下で場外戦での「リングアウト」による引き分けで

終えたのです。

私も当時、このシーンを生で見ていたのですが何か「消化不良」で終えた感じがして
「気分爽快」とは成りませんでしたが、ただハッキリしたのは極真空手とプロレスは
「同レベル」ということではないでしょうか?

また両者「引き分け」だったからこそ、その後親友関係が築かれ「ライバル」として
日本のプロレスファンや格闘技ファンのみならず、全国民にも知られるようになり
極真空手の発展に一役買った人物であると私は思います。

現にメディアの情報によると今回の朗報に対しアントニオ猪木氏は↓↓↓

ウィリー・ウィリアムス選手の訃報に、心から哀悼の意を捧げます

 

コメントとして「悲しみと追悼の念」を送ったと伝えています。

当時私は新日本プロレスや格闘家として活躍していた「前田日明」氏の大ファンで、
彼のローキックの威力は半端ではなく、プロレス界にキックボクシングの要素を取り入れた
人物として有名でした。

戦う相手は常に一流の選手でしたが、得意のローキックを武器に次々倒し、KOさせた
試合などでは体が痺れるほど感動したことを今でも記憶しています。

そんな素晴らしいローキックのプロフェッショナル「前田日明」氏とウィリアムスが
対戦したことがあり、その時は「キックの応酬」が見られるかと期待したのですが、
試合結果は3Rに前田氏が決めた関節技「腕ひしぎ足固め」で勝負が決まり、
期待のキックでのKOではなかったので少し残念に思ったのですがファンだった前田氏が
勝ったので、それなりに嬉しい思いをしたことを今でも覚えています。

 

 

私の大好きだった「前田日明」氏と戦ってくれた「ウィリアムス」に本当に心から
お悔やみ申し上げます。

 

■ ウィリー・ウィリアムスプロフィール

本名
Willie Williams
読み
ウィリー・ウィリアムス
生年月日
1951年7月14日
仕事
元格闘家・空手家
出身地
アメリカ・ノースカロライナ州
所属事務所
元極真会館
血液型
–型

 

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